前畑秀子
日本人女性初の金メダリスト
前畑秀子は1914(大正3)年に橋本市で生まれました。小学3年生の時、4年生以下で唯一1,000mを泳ぎ切り翌年に新設される水泳部の入部資格を得ました。しかし当時の学校にはプールがなく、紀の川に天然プールを作って練習を行っていました。この時、秀子は運命の平泳ぎと出会い、めきめきと頭角を現すこととなります。 入部1年後、11歳(尋常高等小学校尋常科5年生:現在、小学5年生)で50m平泳ぎ日本学童新記録。13歳(尋常高等小学校高等科1年生:現在、中学1年生)では早くも100m平泳ぎで日本新記録を樹立するなど才能の片鱗を垣間見せていました。市内の学校に通う秀子は15歳(高等小学校:中学3年生)の時、日本女子の体育教育を奨励していた名古屋市内の椙山高等女学校(現在:椙山女学園)より学費や寮生活などの支援を受け編入。国内初の室内プールを完備する同校に入学したことで国内の水泳大会では記録を更新し続けオリンピックを目指して行くことになりました。秀子が18才のとき、1932年のロサンゼルスオリンピックへ出場しましたが、結果は惜しくも0.1秒差で2位となりました。秀子は引退するか続行かで葛藤しつつも、毎日2万メートルを目標に4年間泳ぎ続けました。そして、周囲からの期待を背に挑んだ4年後のベルリンオリンピックへ出場し、金メダルを獲得しました。
更新日:2025年03月17日