利生護国寺本堂

更新日:2022年05月10日

利生護国寺 本堂(りしょうごこくじ ほんどう)

 利生護国寺は真言律宗西大寺末の寺院で、地元では「大寺」と呼ばれています。寺伝などによると奈良時代の僧行基が畿内四十九院の一つとして創建したとされます。その後、寺は荒廃しましたが、弘安年中(1278-88)に最明寺(北条)時頼が再興したといいます。記録や古文書などの文献からこの寺の存在が知れるのは弘安8年(1285)のことで、願心が田畑等を利生護国寺に寄進したことを記す古文書です。また、弘安9年の史料には利生護国寺の四方境界が記されており、この頃にはこの地方有数の寺院規模であったことが推察されます。また、永仁6年(1298)の記録には鎌倉幕府の祈祷寺三十四か寺の一つに挙げられ、隅田荘のみならず鎌倉幕府の信仰を得た特別な存在であったことが推測されます。
本堂は桁行(けたゆき)5間、梁間(はりま)4間、寄棟造、本瓦葺の建物で、間取は前方1間通を外陣とし、内陣は中央3間四方を占め、その両側に1間に奥行3間の脇陣を設けています。この建物の建立年代は明らかではありませんが、南北朝時代の初め兵火によって焼亡し、天授年間(1375-81)に再建されたものといわれています。長年の間に修理や改造が行われましたが、昭和41~43年に解体修理が行われ、かつての姿が再現されています。

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