平谷池応其上人供養碑
平谷池応其上人供養碑(へいだにいけ おうごしょうにん くようひ)
橋本市清水と南馬場の境に位置する平谷池は、周囲約750m、池堤約100mの広大な池で、伊都地方の紀の川南岸では最も大きな農耕用溜池です。自然石で造られた記念の板碑には、「天正十八年(1590)庚寅 當池修榮本願木食興山上人應其 正月十四日 馬場 清水村中」の銘が刻まれています。平谷池の改修工事を終えて、南馬場と清水の村人たちが応其上人の功績を讃え、長く後世に伝えるために建立されたものとされています。
応其上人は高野山の僧で、天正13年(1585)豊臣秀吉の高野山攻めの際に高野山の代表の一人として秀吉と交渉し、高野山を破滅から救った人とされ、この後、秀吉の信任を得て方広寺や豊国神社をはじめとする多くの寺社の建立や修理にあたったほか、ここ平谷池、岩倉池、引の池(以上橋本市)、畑谷池(かつらぎ町)、安楽川井(紀の川市)など農業水利の充実にも力を尽くしました。
更新日:2017年03月08日