妙楽寺鐘楼門

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妙楽寺鐘楼門(みょうらくじしょうろうもん)

妙楽寺は真言律宗の寺院で、『紀伊続風土記』によると、鎌倉時代の永仁(1293‐1299)の頃に現在地に再興されたと伝えます。永仁6年(1298)の関東祈祷寺の34か寺の一つに尼寺としてその名が見えます。寛正4年(1463)に焼失し、文明5年(1473)僧悟阿の勧進によって再建したものの、織田信長の高野攻めの際、高野衆徒によって焼き払われたと見えます。かつては尼寺で空海の姪の如一尼が住したと伝えます。

妙楽寺鐘楼門は小規模な建物ながら建物全体の比率や部材の大きさは均整がとれ、反りの大きな軒、重厚な屋根とその頂に据えられている鯱(しゃち)、木鼻や装飾彫刻など細部の意匠は見ごたえがあり、工匠の技術の高さを感じさせます。瓦銘から宝暦9年(1759)の建立と推定され、江戸時代中期の建築文化や建築意匠、技法等を今日に伝えています。

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